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核磁気共鳴(NMR: nuclear magnetic resonance)の原理やその固体物理学における位置づけを簡単に紹介し、当研究室における研究内容にも触れます。
原子核に中には、核スピンを有して磁気モーメントを持つものがあります。 その大きさは電子の磁気モーメントの10-3から10-4倍と小さく、 よほど低温にしない限り、それらが固体中で磁気秩序することはありません。 そのため、固体にはほとんど独立な原子核という小さな「磁石」が多数存在しているとみなすことができます。
核スピンを持つ原子核は、外部磁場の下でゼーマン効果を示します。 すなわち、核スピンの準位が分裂して核磁気モーメントが偏極し、磁場の方向に「磁石」が整列します。 そこへ準位間隔に等しいエネルギーを持つ振動磁場(高周波)を与えると、準位間遷移が引き起こされます。 これを核磁気共鳴と言います。 共鳴が起こると、核スピンは磁場方向とは別の方向へ倒れます。 この共鳴は、与えた高周波の吸収や、倒れた核磁気モーメントの静磁場周りの回転(ラーモア歳差運動)による誘導起電力として検出することができます。
実際は核磁気モーメントが小さいために、磁場下での原子核の「磁石」の整列の度合いはわずかです。 ここでは、核磁気モーメントが大きい核種の1つである水素原子核1Hを例にとりましょう。 1Hは核スピン量子数がI = 1/2で、その磁気回転比γは約42.6 MHz/T、すなわち1 Tの磁場の下で共鳴周波数が42.6 MHz、です。 このスピン偏極は熱平衡状態ではhν/kBT(ここではν = γH)のオーダーですので、1Hを温度T = 1K、磁場μ0H = 1 Tの環境に置くと、その偏極度は10-3程度です。 したがって核スピン系は通常の環境では(そして100 mKのような低温でも)高温極限にあると言えます。
固体の電子物性の主役は言うまでもなく電子ですが、原子核からの信号を得るNMRは電子物性の理解に重要な役割を果たしています。その特徴を列挙すると、
などです。実験技術の観点では、NMRの装置は比較的小規模である、高周波の技術は古くから確立している、といった特徴が挙げられます。
固体においてNMRから電子系の情報を得ることができる理由は、原子核と電子の間に働く超微細相互作用にあります。 その効果は静的な情報と動的な情報に分類できます。
核スピンの準位の分裂は、ゼーマン効果だけが原因ではありません。 固体中ではイオンや伝導電子が局所的な電場を生みますが、その強度は空間変化します。 その電場勾配が原子核の電気四重極モーメントと結合することで、核スピン準位がやはり分裂します。 この効果はゼロ磁場下でも存在し、特に磁場をかけずに核スピンの共鳴を観測する手法を核四重極共鳴(NQR: nuclear quadrupole resonance)と言います。 磁場下では、電場勾配がなければ1本であったNMR共鳴線が複数に分裂するという効果として現れます。 なお、NMRは核スピン量子数が1/2以上の核で可能ですが、NQRは1以上の核で可能です。
NQRの利点の1つは、原子核の周囲の電気的な情報が得られるということです。 NQR共鳴周波数は電子系の価数といった電気的な性質を反映し、また、結晶対称性の変化に敏感です。 別の利点としては、NQRは外部磁場を必要としないので、磁場で電子系を乱すことなく測定を行うことができます。 例えば超伝導は一般に磁場に弱い秩序状態ですが、NQRであれば超伝導に影響を与えることなく1/T1などが得られます。 NMRとは異なり、NQRでは核スピンの準位の分裂幅を自在に制御することができず、またNQRが可能な物質はNMRほど多くはありませんが、NQRが可能であればその対象物質の情報をより多く引き出すことができます。
最後に、本研究室のNMRグループで行っている研究テーマをいくつか挙げます。 NMRグループでは、磁性体や超伝導体を主な研究対象としています。その多くが強相関電子系です。