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強磁性超伝導体

強相関電子系の1つである、強磁性超伝導体について簡単に紹介します。

強磁性と超伝導

固体物理学の分野では、強磁性と超伝導が共存するのか、というテーマは古くから議論されてきました。 強磁性は自発的に電子スピンの向きがそろって磁場を生むという状態ですが、 超伝導は電気抵抗の消失に加えて外部磁場を打ち消すという性質(マイスナー効果)を持ちます。 したがって一見すると強磁性と超伝導は相反する秩序状態のように思われます。

強磁性と超伝導

しかしながら、2000年にウラン化合物UGe2の強磁性状態で圧力をかけると、 強磁性を保ったまま低温で超伝導が生じることが発見されました。 さらに、URhGeやUCoGeでは常圧下でも強磁性相内部で超伝導が生じることが発見されます。 このようなウラン系強磁性超伝導体では、ウラン原子の5f電子が強磁性と超伝導を担い、それらが共存していると考えられています。

強磁性超伝導の発現機構

強磁性超伝導では、その特異な電子状態から、従来とは異なる機構で超伝導が発現していることが期待されます。 精力的な研究の結果、これらの強磁性超伝導は強磁性揺らぎが引き起こしていることが明らかになってきました。 すなわち、一般に強磁性状態でも電子スピンの向きは完全にはそろわず、時間的に揺らいでいます。 ウラン系強磁性超伝導体では、この揺らぎが超伝導の起源であると考えられています。 従来は強磁性と超伝導は対立すると考えられてきただけに、強磁性起源の超伝導は大きな発見と言えるでしょう。

強磁性揺らぎが超伝導の起源であるという実験的な証拠の1つとして、 当研究室のNMRグループで行われたUCoGeに対する核スピン―格子緩和率1/T1の測定を紹介します(「固体量子物性入門」の核磁気共鳴(NMR))。 1/T1は強磁性揺らぎの強さを反映する量です。 この測定は強磁性状態のUCoGeに外部磁場をかけて行われましたが、まず、結晶のc軸方向の磁場成分がない場合は、1/T1は大きな値をとります。 ところが、磁場をc軸方向に少し傾けると、1/T1は急激に減少します。 これは強磁性揺らぎ(より正確にはそのc軸成分)が磁場のc軸成分によって抑制される(つまり強磁性が安定化する)ことを表します。 UCoGeの強磁性モーメントはc軸方向ばかりを向こうとするイジング異方性を持つので、その方向の磁場で揺らぎが落ち着くことは直観的に理解できると思います。

実は、UCoGeではこの強磁性揺らぎだけでなく、超伝導が破壊される磁場である上部臨界磁場Hc2c軸方向の磁場に敏感に変化します。 一般に超伝導は磁場をかけると破壊されますが、UCoGeではc軸方向に磁場をかけるとHc2は急激に減少し、超伝導が磁場のc軸成分に弱いことがわかります。 それに対して、他の方向の磁場に対しては超伝導は鈍感で、かなり強く生き残ります。 このような特定のある方向の磁場に対する強い超伝導の抑制は、従来の理論では説明できず、超伝導の起源である強磁性揺らぎがc軸方向の磁場で抑制されるためであると理解できます。 超伝導の引力相互作用を変化させて超伝導の強さを調べる実験は、BCS理論の検証における同位体効果の実験が有名ですが、UCoGeの1/T1の実験もそれと同様な意義を持つと考えられます。

UCoGeの上記の実験については、「最近のトピックス」のUCoGeにおける強磁性縦揺らぎが誘起する超伝導もご覧ください。

磁場で強められる超伝導

「一般に超伝導は磁場をかけると破壊」されると上で述べましたが、ウラン系強磁性超伝導体は共通して、ある方向の磁場で超伝導が増強するという特異な性質を示します。 この現象も、強磁性揺らぎの強さが磁場に依存することから定性的に理解できます。

磁場によって超伝導が破壊される機構は主に2つが知られています。 1つは磁場下で超伝導電流が流れてエネルギーが上昇する効果、もう1つは後述するパウリ常磁性効果です。 いずれの場合も磁場を強くするほどその効果は大きくなるので、多くの超伝導体では磁場に対して超伝導転移温度は単調に減少します。 ところが、ウラン系強磁性超伝導体では、ある方向の磁場に対しては転移温度は極大を示し、超伝導が増強することが知られています。 とりわけURhGeでは、磁場を大きくすると一度超伝導が消失して高磁場で再び出現するという、とても珍しい相図が明らかにされています。 しかも高磁場の超伝導相の方が転移温度が高く、磁場で超伝導が安定化していることがわかります。 このURhGeの高磁場超伝導相で強磁性揺らぎが増大することが明らかとなっており、この揺らぎが超伝導を引き起こしていると考えられています。

スピン三重項超伝導

強磁性超伝導は、他にも興味深い性質を持つことが期待されています。 多くの超伝導体はスピン一重項超伝導ですが、中にはスピン三重項超伝導の可能性がある物質も知られています。 その1つが、これらのウラン系強磁性超伝導体です。 その実験的な傍証として、例えば上部臨界磁場がパウリ限界を超えることが挙げられます。 スピン一重項超伝導体では、反平行なスピンを持つ電子がクーパー対を組むために、磁場下では正常状態とは異なりゼーマンエネルギーの利得がありません。 最も単純な場合、この機構によって超伝導が破壊される磁場であるパウリ限界はμ0HPauli/T = 1.86Tc/K(つまり転移温度が1 Kならばパウリ限界は1.86 T)で与えられます。 ところが、ウラン系強磁性超伝導体では、パウリ限界をはるかに超えた領域でも超伝導が存在しています。 他にも、超伝導がスピンの向きの揃う強磁性と共存することから、スピン三重項対の方が一重項対よりも有利であると言うこともできます。

スピン三重項対では、クーパー対がスピンの自由度を持つために、様々な興味深い性質を示すと考えられています。 スピン三重項超伝導の候補となる物質が希少であるだけに、ウラン系強磁性超伝導体はその研究の重要な舞台となると期待されています。


本研究室では、現在でもUCoGeの研究を盛んに行っています。 その超伝導と強磁性の相関をより詳細に明らかにすることを目指しています。