代表より

川上 則雄
領域代表 川上則雄

 「もののことわり」を探究する物理学は、いつの時代にも多くの人々の心を魅了してきました。私も、この魅力の虜になってしまった一人です。物理学は常に進化しており、最近では、より広範な学問分野と結びつきながら新たな進展が見られています。このような研究の流れの中で物性物理学(物質科学)分野において「トポロジー」という言葉をよく耳にするようになりました。

 トポロジーは「連続変形に対する不変性」に関する数学の概念ですが、この重要性が物質科学において広く認識されるようになってきました。この先駆的な例は量子ホール効果における「ホール伝導度の量子化」(e2/hの整数倍)という著しい現象ですが、これは強磁場中の2次元電子系という特殊な条件下で実現されたものです。この分野に新たなブレークスルーをもたらしたのは2005年の「量子スピンホール効果」の理論的予言と、2007年の2次元量子井戸HgTe/CdTeでの実現です。ここでは磁場は必要でなく、したがって時間反転対称性が保たれた系で量子化が起きます。これに続き、Bi2Se3などの3次元系でも次々と新物質が発見されました。これらの物質群は「トポロジカル絶縁体」と呼ばれ、物質科学の新たな研究舞台を創り出しました。この驚くべき発展を遂げている分野で、世界に先駆けて、新学術領域研究「対称性の破れた凝縮系におけるトポロジカル量子現象」 (H22-H26, 代表:前野悦輝) が始動し、トポロジカル絶縁体の実証や、さまざまな物質系にみられるトポロジカル量子現象の共通性と多様性に関する認識を深めるに至りました。今やトポロジーの概念は、物質科学において当初予想を超えた広範な基盤を与えることが明確になっています。

 このように近年急速に世界的潮流になってきたトポロジカル量子現象の研究ですが、物質科学の基盤概念として真に根付くには、本質的に未開拓の部分が残されています。特に、現実の物質に多様性と機能性を与える「強い電子相関効果」の解明、結晶構造の「対称性」に基づくトポロジカル物質の開拓、および「ナノサイエンス」を駆使したヘテロ構造などによるトポロジカル相の人工制御が、新たな物質開発だけでなく学理構築の鍵ともなります。

 本新学術領域は、物質に内在するトポロジーを基軸として、強い電子相関・結晶対称性・半導体ナノ構造に由来する新奇物性開拓を行うとともに、トポロジカル量子相特有の準粒子を探索・実証し、その背後に横たわる量子凝縮相の物理を解明することを目的としています。これにより、強相関トポロジカル系、トポロジカル絶縁体・超伝導体、分数量子ホール系などの研究を飛躍的に発展させます。そして、これらを包括的に含む新たな分野横断型の研究領域「トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア」を開拓し、トポロジカル物質科学の基礎学理の構築と学問体系の樹立を目指します。