電流誘起「反磁性」の論文2報の撤回について

電流誘起「反磁性」

2017年、我々のグループは、モット絶縁体Ca2RuO4に数ミリアンペア程度の弱い電流を流すと、非常に大きな反磁性(サンプルが外部磁場に対して反平行の磁化を示す現象)が低温(約50ケルビン以下)で発現することを報告しました[1]。 2019年には、関連の化合物Ca3(Ru1-xTix)2O7でも同様の効果が観測されることを報告しました[2]。

サンプルホルダーの局所過熱による「反磁性」シグナル

その後、これらの現象についてより詳細な実験を行うなかで、深刻な問題が実験データに影響を与えていることがわかりました。すなわち、サンプルホルダー内に生じた局所的な温度上昇により、大きな反磁性のような信号が測定されてしまうことがわかりました。局所的な温度上昇は、サンプルに流した電流によるジュール発熱によって引き起こされます。このようなサンプルのジュール発熱の存在は当時から我々も認識しており、サンプルを効率的に冷却したり、サンプルの温度をより正確に測定するシステムを慎重に設計したりしていました。しかし、局所的に加熱されたサンプルホルダーが磁気信号を発するという事実は全く意外であり、当時は考慮できていませんでした。この非本質的な「反磁性」信号の詳細は、新しい論文[3]で説明しています。

実際にサンプルホルダーの局所的な温度上昇によって「反磁性」信号が生成されることは実験的にも明らかになりました。以前の研究[1,2]で使用したサンプルホルダー(ガラスエポキシ製)に、通常の抵抗チップを載せてジュール効果による局所加熱を引き起こしました。 その時にSQUID磁力計によって測定された「磁化」の結果を、図1bに示します。ご覧のように、特別な物質を使うことなく、ごく普通の抵抗チップに電流を流すだけで反磁性的な信号を誘起することができます。この「反磁性」の大きさは、Ca2RuO4に電流を流した場合に観測されたもの(図1a)とほぼ同等です。

また、別のサンプルホルダーを使用して、Ca2RuO4の再測定も試みました。この実験では、磁気バックグラウンドが小さい、薄いプラスチックのストローをサンプルフォルダーとして用いました。この測定では、電流による「反磁性」は観察されませんでした(図1c)。ただし、図1cの測定ではサンプルホルダーの磁気バックグラウンドを低下させたことの反動としてサンプルの冷却効率が悪かったという可能性も考えられ、まだ確定的でない部分が残されています。

図1:電流を印加した状態でのSQUID磁束計で測定された磁化の温度依存性の比較。 (a)FR-4ガラスエポキシ製のサンプルホルダーを用いた場合のCa2RuO4のデータ、(b)普通の抵抗チップでサンプルホルダーを加熱して得られた反磁性のような応答、(c)ストロー製のサンプルホルダーで測定したCa2RuO4のデータ。 セットアップではサンプルの冷却が非常に不十分であるため、最後の測定は予備的なものです。 【この図は参考図S7として論文[3]に掲載されているもので、AIP Publishingの許諾の下で掲載してます。The figure is reproduced from the supplementary material of Ref. [3], with the permission of AIP Publishing. 】

論文の撤回

これらのデータの比較から、[1]および[2]で報告した電流誘起「反磁性」シグナル(の少なくとも大部分)は、試料ホルダーに起因する非本質的なものである可能性が極めて高いと結論付けました。 このため、2020年4月に我々は論文[1]と[2]を撤回しました。このように当時は気づかなかったメカニズムによる非本質的な結果を報告してしまったことについて、深くお詫びします。また、この事態についての責任は測定を行った京都大学のグループのスタッフ(前野・米澤)にあります。

[1] C. Sow, S. Yonezawa, S. Kitamura, T. Oka, K. Kuroki, F. Nakamura, Y. Maeno, Science 358, 1084 (2017). *This paper has been retracted; See [Science 368, 376 (2020)]
[2] C. Sow, R. Numasaki, G. Mattoni, S. Yonezawa, N. Kikugawa, S. Uji, Y. Maeno, Phys. Rev. Lett. 122, 196602 (2019). *This paper has been retracted; See [Phys. Rev. Lett. 124, 169902 (2020)]
[3] G. Mattoni, S. Yonezawa, Y. Maeno, Appl. Phys. Lett. 116, 172405 (2020).

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