ネマティック超伝導の配向パターンの制御に成功

日常使われている液晶ディスプレイでは、棒状の液晶分子の向きが一方向に配向した「ネマティック液晶」が用いられ、電圧でこの配向パターンが制御されて光の透過性が変えられています。さて、超伝導の世界では、液晶に似た「ネマティック超伝導」が最近見つかりました。超伝導は低温で電気抵抗がゼロになる現象で、伝導電子が結合し多数のペアを作ることで起こります。この結合が特定の方向で強くなるようにペアたちが配向したのがネマティック超伝導です。

では、この配向した電子ペアを制御し利用していくことは可能でしょうか。私たちは、ネマティック超伝導体を一方向に圧縮することで電子ペアの配向パターンを制御できることを発見しました。具体的には、ビスマス-セレン系超伝導体への圧縮力の印加・開放によって、特定の配向方向を持つ領域(ドメイン)が試料内に複数共存している状態とほぼ単一のドメインしかない状態との間を可逆的に移行できました。このような超伝導の制御は超伝導の100年超の研究の中でも前例がなく、「超伝導ドメインエンジニアリング」ともいうべき基礎・応用両面での新たな研究発展が期待できます。

本成果は2020年8月24日に国際学術誌Nature Communicationsにオンライン掲載されました。https://www.nature.com/articles/s41467-020-17913-y

また、Nature Communications誌のEditors’ Highlights on condensed-matter physicsに選ばれました。https://www.nature.com/collections/rcdhyvxytb ここでは、同誌に掲載されたcondensed-matter physicsの論文のうち、月に数編のみが注目論文として取り上げられ紹介されています。

背景

テレビやパソコンの画面として日常的に使われている液晶ディスプレイでは、棒状の液晶分子が流動性を保ちながらある方向に配向した「ネマティック液晶」(図1(a))が使われています。このネマティック液晶では、電圧をかけた方向に分子が向こうとするので、電圧で液晶分子の方向をコントロールできます。ここで、液晶では分子が配向していると書きましたが、これはナノスケールでの話で、もう少し大きいスケールでは配向した液晶の方向が徐々に変化していくことが可能で様々なパターンが生じ得ます。例えば、標準的な液晶ディスプレイのそれぞれのピクセル内では、電圧ゼロの場合に分子の配向方向が徐々にねじれていくような構造(図1(b))が実現するように設計されています。これに電圧をかけると分子配向のねじれ構造が解消し、光の透過性を変えることができます。このように、液晶を構成する分子より大きいスケールでの液晶分子の配向パターンを制御することで、最終的にディスプレイとして映像・画像の表示ができるのです。

近年、超伝導の分野で、このネマティック液晶に類似した「ネマティック超伝導」がビスマスーセレン化合物系の超伝導体で発見されました。この現象は、近年爆発的に進行しているトポロジー物質科学の研究発展の中で見つかったもので、本研究グループもネマティック超伝導の発見と確立において重要な成果を上げました。超伝導は、物質を冷やしていくとある温度以下で電気抵抗がゼロになる現象です。この超伝導は約100年前に見つかりましたが、その後の長年の研究により、伝導電子が量子力学的に結合し多数のペアを作ることが超伝導現象の本質であることがわかっています。この電子結合の強さの方向変化に着目すると、数年前まで知られていたすべての超伝導体は超伝導体の結晶構造から期待できる方向依存性しか持ちませんでした。一方、数年前に見つかったネマティック超伝導体では、図1(c)のように、本来等価な複数の方向のうち、特定の方向でのみ超伝導電子ペアを作る結合の強さが強くなっています。この状況は、あたかも超伝導ペアたちが結合の強い方向をそろえるように自己配向していると捉えることができ、ネマティック液晶との類似性からネマティック超伝導と呼ばれているのです。量子力学的に生じる液晶である「量子液晶」の典型例としてもネマティック超伝導は注目されています。




図1: ネマティック液晶とネマティック超伝導を比較する模式図。(a)と(c)のように構成要素が自己配向する点が類似しています。また、(b)と(d)のように、より大きいスケールでの多様な配向パターンが生じうる点にも共通性があります。

ネマティック超伝導の場合はどのような配向パターンが生じるでしょうか。それを考えるうえで重要なのが結晶格子の存在です。液晶では、容器の壁などの影響がなければどの方向にも自由に分子が配向することが可能です。一方、ネマティック超伝導体の場合は伝導電子が動き回る背景として結晶格子が存在するため、超伝導ペアは結晶の特定の方向にしか配向することができません。例えば、ビスマスーセレン化合物の場合、結晶構造が3つの等価な方向を持つため、超伝導ペアもその方向のいずれかに配向します。従って液晶の場合に存在した「分子配向が徐々にねじれていく」ような構造(図1(b))は、超伝導体では作ることができません。代わりに、図1(d)のような、特定の配向方向を持つ領域(ドメイン)が複数存在するというマルチドメイン構造が生じえます。このようなマルチドメイン構造が、ネマティック超伝導体の場合の配向パターンの基本的なものとなります。

さて、ネマティック液晶の分子配向のパターンが外部電圧をかけることで容易にコントロールできるのと同様に、ネマティック超伝導や特にその基本配向パターンであるドメイン構造も類似の制御性を有するのかどうかに興味が持たれます。超伝導体は電気抵抗がゼロであるため電圧をかけることはできず、電圧でのコントロールは期待できません。一方、理論的にはネマティック超伝導は結晶変形(ひずみ)の影響を受けると予想されています。しかし、果たしてその予想が実際に正しいのか、またドメイン構造に対してどのような変化を引き起こせるのかについては、分かっていませんでした。

2.研究手法・成果

私たちは、ネマティック超伝導をひずみによってコントロールできることを実証する研究(図2)を行いました。試料としては、ケルン大学の安藤陽一教授のグループが作製したストロンチウムを添加したビスマスーセレン化合物SrxBi2Se3xはストロンチウムの添加量で、本実験では約0.06)の単結晶を用い、結晶を変形させるためには電気的に伸縮をコントロールできるピエゾ素子を利用したひずみ印加装置を使用しました(図2(e))。ネマティック超伝導の超伝導ペアの結合の強弱は、超伝導状態が破壊される磁場(上部臨界磁場Hc2)の方向依存性から調べました。単一ドメインのネマティック超伝導体では、Hc2は図2(b)のような180度周期の変化を示し、Hc2が大きい方向がペア結合の大きい方向と対応します。一方、もし複数のドメインの存在するマルチドメインの状態が実現していると、Hc2は図2(a)に例示されるような複数の180度周期変調の重ね合わさった複雑なパターンを示すことが期待できます。このパターンの特徴は、Hc2の大小のピークが60度おきに現れるという点で、各ピークが超伝導ペアの整列方向に対応します。

さて、本実験の主要な結果を図2(c)(d)に示します。これらのグラフは電気抵抗に超伝導の影響がほとんど見えなくなる磁場の値から決めたHc2の値を磁場の角度φに対してプロットしたものです。結晶を変形させる前はHc2が複雑な変化をしており、−90度における大きなピークのほかに、−30度、−150度にも小さいピークがあります。これらの特徴は、まさに先に述べたマルチドメインの状態に期待できるものです。一方、この試料に約1.2%の圧縮変形を与えると、これらの小さいピーク構造がほぼ消失しました。これはほぼ単一ドメインの状態が実現していることを意味しています。さらに、ひずみを印加したり開放したりすることで、これらの状態の間を可逆的に行き来させることができました。

このように、本研究では、ネマティック超伝導の基本的な配向パターンであるネマティック・ドメインの構造を、結晶に与えたひずみによってコントロールすることに世界に先駆けて成功しました。




図2: ネマティック超伝導の圧縮ひずみによる制御。(a)(b)はそれぞれ、マルチドメインと単一ドメインの場合の超伝導が壊れる磁場(上部臨界磁場)のシミュレーション結果。(c)(d)はそれぞれ圧縮ひずみ0%と1.2%の場合の実験結果。(e)は実験に使った試料の写真。(f)は結晶構造と磁場の関係を示す模式図。

3.波及効果、今後の予定

「ドメイン」というと聞きなれない方もいるかもしれませんが、身近な例では強磁性体(≒磁石)がドメイン構造を持ちます。鉄が強磁性体であるにもかかわらず通常の鉄クギ同士で磁力が発生しない理由は、鉄クギの中でN極がある方向にそろった部分(ドメイン)や、その反対方向にそろったドメインなどが共存しており、トータルとして磁力が打ち消しあって、磁石としての働きを失っているためです。鉄くぎを磁石でこするなどすると他の鉄くぎを引き付けるようになるのは、あるドメインが大きくなって磁力の打ち消しあいが弱まるためです。そして、永久磁石というのは、単一ドメインに近い状態が保持できるように工夫された強磁性体です。このように、ドメインの制御は磁性体の利用の根幹にかかわるものです。さらに最近ではこの強磁性ドメイン自体を利用したドメインエンジニアリングという構想が進められており、実際にドメインを利用して情報を記録する「レーストラックメモリ」は実用化間近だといわれています。

一方、本研究では、ネマティック超伝導のドメインがひずみを与えることで制御できるという基本的な知見が実証されました。ドメインを通じて超伝導を制御するというのは超伝導の100年超の研究の歴史でも例がありません。この発見を契機とした基礎・応用両面での新たな研究発展により、超伝導ドメインエンジニアリングと呼べるような構想につながっていくことが期待できます。そのために、今後は、特殊な顕微技術などを用いて実際のドメインを可視化するなどして、ドメインとその変化の詳細を研究していく必要があります。また、元素添加したBi2Se3が示す超伝導はトポロジカル超伝導であると考えられており、ネマティック・ドメインの境界においてトポロジカル超伝導性に起因するマヨラナ準粒子状態が生じうるといった理論予測もあります。トポロジカル超伝導の新たな利用方法としても本研究成果は期待できます。

論文情報

タイトル:Uniaxial-strain control of nematic superconductivity in SrxBi2Se3

著者:Ivan Kostylev*, Shingo Yonezawa*, Zhiwei Wang, Yoichi Ando, Yoshiteru Maeno  (* Corresponding authors)

掲載誌:Nature Communication, 11, 4152 (2020).

DOI: 10.1038/s41467-020-17913-y

Link: https://www.nature.com/articles/s41467-020-17913-y