ハイエントロピー化合物は、5種類以上の元素が1種類の結晶サイトに無秩序に分布する新しい材料群で、高温での高い配置のエントロピーにより通常では得られない結晶構造を安定化します。この「多元素カクテル効果」により、機械的強度、磁性、超伝導性など、従来材料にはない特性が発現することが知られています。しかし、強い構造無秩序が電子状態や超伝導機構にどのような影響を与えるのか、その微視的理解はこれまで進んでいませんでした。
研究グループは、PtSbを母体にPtの一部をRu, Rh, Pd, Irで置換したハイエントロピー超伝導体 (RuRhPdIr)0.6Pt0.4Sb に対して、核磁気共鳴(NMR)および核四重極共鳴(NQR)による精密測定を行いました。
その結果、以下の重要な発見が得られました:
- 電子状態の空間的均一性
- Sbサイトでは局所的な電場勾配の乱れによりNMR信号が広がる一方、Ptサイトでは比較的鋭いスペクトルが観測され、強い構造無秩序にもかかわらず電子状態が試料全体で均一であることが判明しました。
- s波超伝導の証拠
- 超伝導転移直下で「コヒーレンス・ピーク」と呼ばれる特徴的な挙動が観測され、フルギャップを持つ(通常の)s波対形成が強く支持されました。
- 超伝導ギャップ比 Δ(0)/kBTc ≈ 2.1 と、比熱測定で得られる大きな比熱ジャンプは、強い電子-フォノン結合の存在を示唆します。
- 高磁場耐性の超伝導
- 上部臨界磁場 Hc2は母物質PtSbの約15倍に達し、無秩序散乱による短い有効コヒーレンス長が主因と考えられます。
本研究は、「強い原子の無秩序=電子状態の不均一化」という従来の常識を覆し、無秩序下でも安定な均一電子状態と完全ギャップ型超伝導が共存し得ることを実証しました。これにより、高エントロピー材料を舞台とした新しい超伝導物質設計指針が提示され、量子計算や極低温デバイスなどの応用にもつながる可能性があります
Reference
Uniform electronic states and 𝑠-wave superconductivity in a strongly disordered high-entropy compound 𝑋0.6Pt0.4Sb (𝑋 = Ru, Rh, Pd, Ir) Journal Article
In: Physical Review B, vol. 112, pp. L020508, 2025.